50 第14回全国公募 拓展 絵になる拓        募集要項あります 綜芸舎

拓展1   拓展3
 拓展2  拓展4


49 へぐりの石造文化財:拓本ⅱ

 平郡八尺地蔵拓本  平郡八尺地蔵
 平群谷の石造文化財展  奈良県立美術館の平群谷の石造文化財展観ました。
平群町は奈良県と大阪府の境に位置する小さな土地ですが、自然と歴史に囲まれた土地で、古代から栄えてきました。
この展示では平群町にある石造物の拓本を展示して、その宗教に根差した土地を紹介しています。中でも清滝石仏群にある八尺地蔵は、名の通り2m50㎝を超えるもので、拓本も展示場所をオーバーしている壮観なものです。
なお展示場でのワークショップに当方から拓本採りの拓版をお貸ししました。


48 へぐりの石造文化財:拓本 へぐり



奈良県立美術館では書の源流企画展「榊莫山と紫舟のシンフォニー展開催中ですが、並行企画で「へぐり」を紹介。その中で7月1日「平群谷の石造文化財」で拓本紹介。また拓本教室も開催されます。(平群町)

榊莫山と紫舟展



















47 与謝野晶子・五月の碑
拓本

 晶子  晶子
 晶子  与謝野晶子の歌碑拓本3点 すべて富村俊造さんの みだれ髪の会が建碑されたものです。左上は京都・城南宮、上は京都北嵯峨・直指庵、左はパリ旧三越百貨店に。30基近く建碑され、その多くを出来たときに採拓しました。パリの碑は現地に行く前に京都の祇園にあった三越で。上の碑二つは石屋で彫りたてを採拓、ここに残っているのは試し刷りなのであまり綺麗には採れていません。中には祇園の南座を詠んだ晶子と鉄幹の碑の拓本を採って、南座に寄贈したところ、なんと数年間、招待券をいただきました。
それにしても富村さんは化学商品の会社の社長をなさりながら、晶子に惚れて活動され、多くの碑を残され百歳近くまでお元気でした。スイスの兵隊の被るというベレー帽での姿を今も思い出します。(2017.5.5)

46 広開土王碑拓本

 広開土王碑拓本  高麗美術館
広開土王碑は好太王碑または広開土王陵碑ともいわれ、朝鮮・高句麗の第19代の王の業績を称えた石碑で、現在は中国吉林省に建っています。今回高麗美術館の上田正昭展で先生の所蔵の拓本が展示されています。かって私は書道博物館で見たことがあります。この碑は好太王の業績を称えるために子の長寿王が建てたもので、碑文には「甲寅年九月廿九日乙酉」(414年10月28日)に建てたとあり、4世紀末から5世紀初の朝鮮半島の歴史・古代日朝関係史を知る上での貴重な一次史料となっています。
高さ約6.3メートル・幅約1.5メートルの角柱状の石碑で、その四面に計1802文字が刻まれ、碑文は純粋な漢文での記述となっていますが、風化によって判読不能な箇所があり、そこから韓国、朝鮮、中国、日本を巻き込んだ論戦が今も続いています。特に1884年(明治17年)1月、情報将校の酒匂景信大尉が持ち帰った拓本「酒匂本」を日本在住の李進熙が旧大日本帝国陸軍による改竄・捏造と唱えました。私の父の友人であった京大名誉教授・梅原末治先生は異を唱えられましたが、当時は改ざん説が有力でした。しかし1974年(昭和49年)に京大名誉教授・上田正昭先生が北京で入手した石灰塗布以前の拓本では、改竄の跡はありませんでした。また2005年(平成17年)6月23日に酒匂本以前に作成された墨本が中国で発見され、その内容は酒匂本と同一であるとされ、さらに2006年(平成18年)4月には中国社会科学院の徐建新により、1881年(明治14年)に作成された現存最古の拓本と酒匂本とが完全に一致していることが発表され、これにより改竄・捏造説は完全に否定されました。
このようにたった一枚の拓本が三国をまたがる論戦に終止符が打たれ、今後は漢文をどのように解釈することが研究課題となっています。(2017.4.11)



46
拓本と表装展

 拓本  拓本


45 牛の碑を採拓

 ぬい号拓本  ぬい号碑  2000年真夏の中、兵庫県但馬地方にある「但馬牛記念碑」を採拓しました。後にも先にも牛の碑を採ったのはこの時だけです。
但馬牛は国産黒毛和牛の総称です。明治維新後外国から入ってきた品種のため絶滅に瀕した和牛がたった四頭、兵庫県美方郡香美町小代区に残っていたのです。その一頭「田尻号」が基になって和牛が復活、現在日本の和牛の99.9%が田尻号の子孫となっています。全国の有名な松阪牛や近江牛、前沢牛、仙台牛、飛騨牛、佐賀牛もこの田尻号の子孫です。今や世界に冠たる和牛はこの但馬牛が基になっているわけですから、碑も建つわけです。「田尻号」碑と拓本の写真は見つけられませんでしたが、そのあとに続いた「ぬい号」碑(碑としては最も古いと思われます)を掲載します。拓本は全て兵庫県に納めました。(2016.11.11)
但馬牛  


44 碑文がかたる土地改良

今から三〇数年前、愛知県土地改良事業団から依頼を受け、全国の土地改良の碑の採拓について相談を受け、少しお手伝いをしました。その結実が「拓・碑文が語る土地改良」という報告書になりました。
最近TPPの行方が難しくなっています。日本の農業を破壊するものだともいわれています。ふと思い出してこの本を出してみました。そして我が日本人がいかに汗水たらして狭い国土を開墾し、食料を得ていたか!を垣間見ることができます。その努力が石碑となり、そして拓本となって今に伝わる。三〇数年たって石碑は無くなっているかもしれません。残った拓本の重要さをかみしめています。
右は1983年3月11日の朝日新聞に開催された一文です。拓本は上が「東旭川開村記念碑」、下が久米島の「太田池・・碑」。(16.10.10) 
 朝日新聞
拓 
 東旭川碑  東旭川碑拓
 久米島  久米島碑拓本


43 会津八一かすがの歌碑拓本

会津八一




会津八一は明治から昭和にかけて、早稲田大学東洋史の教授として活躍、また歌人としては秋艸道人と号して多くの歌を残しました。彼の碑は全国に22基ありますが、主に愛した奈良と生まれ故郷の新潟にあります。この碑は奈良市春日大社万葉植物園にあり、二番目に建立されたものです。一番目は新薬師寺の「ちかづきて あふぎみれどもみほとけのみそなはすともあらぬさびしさ」です。
「かすがのにおしてるつきの ほがらかに あきのゆふべ と なりにけるかも 秋艸道人」
(「南京新唱」春日野にて)
八一ほど歌碑に特別の感情を持った人は珍しい。死して後に意に沿わない碑を建てられるくらいなら、自分で建てた方が良いと思い、昭和18年(1943)63歳の時、私費で建立しました。また刻石のために字が死ぬのを恐れ、書を直接石に貼って直か彫り、碑が建つ場所も吟味して、やっと万葉植物園に落ち着いたそうです。
自費で、自ら詠んだ歌を、書にしたため、石に刻ませ、建立地を決めた人はまずいないでしょうね。なおこの碑の拓本も採ったという話です。早稲田大学会津八一記念博物館には残っているかもわかりません。この拓本は友人からいただいたものです。


















42 日露戦役紀念碑とイマジン削られた碑

朝日新聞 5月13日「反骨の記録」13 より全文転載させていただきました。
まず、拓本のおかげで削られた碑文がよみがえったこと。記念碑はその時代を映しますが、その時代、または次の時代にそぐわぬ時は、削られ破壊されます。出来たときに採拓しておけば、再現可能となります。これは拓本の記録保存の重要さを改めて認識された記事です。
もう一つは日本人の中にも、ジョンレノンのような平和を愛し、行動した人がいたことは驚かされます。この碑は今一つの「イマジン」です。

「奇妙な石碑がある。 高さ3㍍近くはあるだろうか。「日露戦役紀念碑」と自然石の頂部に刻まれている。ところが肝心の碑文がない。真ん中が、ぽっかりと空いている。愛媛県四国中央市土居町の八坂神社境内に、1907(明治40)年に建てられた。碑文は県会議員だった安藤正楽が、日露戦争から戻った若者37人に頼まれた。だが、建立後、表面が削られ、すべてが消された。何が書いてあったのか。そばに立つ年代の新しい石碑に全文が再現されていた。拓本を探し出した遺族が23年前に建てた。それは若者たちの凱旋をたたえたものではなかった。
「わずか170戸の集落から多くの若者が出征し、2人が戦死し、8人がけがをした。戦慄せざるを得ない」。碑文はまず日露戦争を顧みる。そのうえで「戦争の非は世界の公論。それなのに現実はこれに反し、戦争は明日にもまた始まる。世界人類のために忠君愛国の四字をなくすほかはない」との考えが示されている。「忠君愛国」は1890(明治23)年の教育勅帯で国民道徳として強調され、先の敗戦まで天皇制を支える柱となった。地元の歴史資料館「暁雨館」は、碑文が削られた時期や経緯は不明としつつ、「当時の体制を否定したことが削られた理由と考えられる」と解説する。同館学芸員の竹本優子さん(42)は、安藤が碑文に込めた意図に思いをはせる。「集落の人たちが集まる神社です。漢文が主流だった時代に仮名交じりの文にしたのも、多くの人に読んで考えてほしかったからではないでしょうか。安藤から伝え聞いた孫もそう語っていたそうです」 紀念碑だけではない。安藤は、戦死した2人の墓碑文でも戦争観を明確に示した。市教委の資料が意訳を紹介する。「命を投げ出し歴史に名を残すことを皆はたたえるが、私は戦争を悲しむ」「徴兵制は道理に背き、戦争は惨毒(むごたらしく傷つけること)にしかならない」 紀念碑も、墓碑も、戦場を経験した若者や碑文を見た人への問いかけで締めくくられている。戦争とは。徴兵制とは。愛国とは。安藤は、いつか戦争と無縁な時代が訪れることを願い、文案を練ったのだろう。その思いを断ち切るように碑文は消された。ただ、書き直しもされず、撤去もされなかった。消されたままの姿で残されたのは、安藤の意思が働いたとの言い伝えもある。間いかけは今も生きている。(中村尚徳)」(2016.7.7)

41 江戸前の石工 窪世祥

窪世祥本
私の昔からの拓友(拓本を通して親しくなった方)の嘉津山清さんが「窪世祥」という素晴らしい本を出版されました。江戸前の石工というサブタイトルもなかなかのものです。
窪世祥は江戸時代文化年間から安政年間、1800年から1850年にかけて活躍した石工で名工と言われた人です。といっても一般には全くなじみがなく、私も嘉津山さんから教えられるまで注意していませんでした。数年前、西新井薬師で石碑を採拓したとき初めて窪世祥を知ったくらいです。
私はもともと石仏や画像碑を採拓する方だったので、石工に対する意識もあまりなかったわけです。今回本書によって、若いとき採拓した雑司ヶ谷鬼子母神にある酒井抱一の朝顔の碑や墨田区百花園の山上憶良の歌碑はこの石工が彫ったことを知りました。
生涯百基以上の碑それも多くが大碑をすばらしい彫刻によって作成し、今に伝わっていることは、重要な碑であったことと名工の技が素晴らしかったことを物語っています。
本書は彼の彫った碑を採拓し、読み下し研究した成果です。採られた拓本も素晴らしく、名工の碑を名人が採拓、貴重な資料の一つとなるでしょう。
なお嘉津山さんは史迹美術同攷会幹事でもあり、お世話になっています。(2016.5.8)

江戸前の石工 窪世祥」 嘉津山清著 第一法規 B5版 7,000円(税別)


 朝顔拓本  山上憶良碑拓本
 雑司ヶ谷鬼子母神「法明寺」にある
 「舜塚歌碑」の酒井抱一の朝顔拓本。
(嘉津山清拓)
 百花園にある山上憶良の秋野七草歌碑拓本
(薮田夏秋拓)



40 
丙申 興福寺南圓堂銅燈籠銘拓本

 銅燈籠銘拓本  南円堂銅燈籠  今年は丙申(ひのえさる)の年です。今から1200年前、816年は同じ丙申年、平安時代初期・弘仁七年にあたり、嵯峨天皇の御代、弘法大師空海が高野山に金剛峯寺を開いた年でもあります。
銘には「弘仁七載歳次景申伊豫・・・」とありますが、「景申」の「景」は「丙」の意です。
奈良・興福寺は藤原鎌足の子・不比等によって平城京に建てられた私寺であったが後に国家が造営するようになりました。そして南円堂は最初の太政大臣になった藤原冬嗣の創建になる八角堂(重文)で、不空羂索観音(国宝)が本尊です。お堂の前におかれた銅燈籠の火袋に彫られた陽刻銘から816年作の、東大寺大仏殿燈籠に次ぐ日本二番目に古い銅燈籠で国宝に指定されています。
 この燈籠は南円堂と同じ冬嗣の造営と言われてきましたが、刈谷(かりやえきさい・拓本を学問に取り入れた先駆者)は「古京遺文」(古代金石文の研究書)で、兄の真夏の造営としています。撰文と筆者は空海といわれていますが、橘逸勢ともいわれます。書風は楷書の中に行書を入れた素晴らしい書体です。この「申」拓本を今年の年賀状にしました。(2016.1.1)


39 第13回全国公募 拓展 絵になる拓本展

拓展

第13回拓展が京都みやこめっせ日図デザイン博物館で12月12日・13日開催されます。
私・薮田夏秋は審査員として参加するとともに、1点「貴船断碑拓本掛軸」を出展しました。

出展点数は80余点、伝統的な拓本と創作拓本に別れますが、今回は半数以上が創作拓本となり、若い芸術系の学生の出品があり、展覧会の「絵になる拓本展」の趣旨に沿ったものになりました。

拓展2


38 ユーラシア大陸のロマン

モンゴル拓 
 houkokusyo  10年以上前から始まった大阪大学中心のユーラシア大陸研究の一環として、モンゴルの碑文の調査がおこなわれ、こちらも採拓道具の提供や、採拓された碑文の裏打ちに関わりました。今回その調査に加われました阪大招聘研究員・鈴木宏節さんから論文抜き刷りをいただきました。文部科学省科学研究費補助金若手研究の成果の一部です。
年代別に論文を紹介します。
「突厥碑文から見るトルコ人とソグド人」(アジア游学175号2014.8.18)
「モンゴルでトルコを学ぶー中央ユーラシア史における突厥碑文」(「ふびと」三重大学歴史研究会2015.1)
「ゴビの防人」(三重社会60号2015.6.30)
「唐の羈縻(キビ)支配と九姓鉄勒の思結部」(内陸アジア言語の研究XXX2015.7.25)
これらの研究において拓本が非常に役立ったことがわかり、拓本家としてはうれしいことです。ユーラシア大陸にはまだ多くの歴史的な石碑が残っていると思われますので、これからの調査に期待するとともに、東の端日本から西のトルコまでの歴史や文化から世界は一つという認識が広がればいいですよね。


37 若山牧水碑拓本

 牧水拓本  牧水拓本掛軸  


「うす紅に葉はいち早く萌えいでて咲かむとすなり山ざくら花 牧水」
  
長野県塩尻市広丘 塩尻短歌館 歌碑公園内 橋口勝採拓・表装。

歌意に合わせて、薄絹で桜の花びらをカットし、表紙に散らした作品。

若山牧水は1885年~1928年、宮崎県うまれ、最後は焼津で死す。平成25年、世界遺産になった富士山は千本松原を含めてと言われていますが、1926年県が伐採しようとしたのを牧水の反対運動で中止になったおかげだそうです。自然を愛した歌人だったのですね。

橋口さんは長年牧水の歌碑を全国に尋ねて採拓してこられました。その拓本の表装のため蒲田のユザワヤ芸術学院の表装教室で学んでいます。今回はユザワヤ作品展に出品し賞をもらわれました。(2015.5.5)


36 横須賀マンホール拓本

 マンホール拓本
 マンホールの拓本は誰もが一度は挑戦したい対象物です。特に住んでいる土地を表すシンボルでもあります。私の方で習って2年の竹川さんも地元のマンホールを採拓し、蒲田の教室で掛軸に仕立てられました。直径1mもあるのでちょっと大変でした。マンホールの画は黒船とペルー提督です。下にある「あめ」という文字はアメリカと思ったら、「雨水の下水用」で「あめ」だそうです。ところでマンホール採拓の方はくれぐれも交通に注意してください。(2015.4.4)

35 信州道祖神拓本

道祖神   双体道祖神
 信州長野県は道祖神の宝庫です。お寺の石仏と違って、農民が家内安全や子孫繁栄のために彫られ拝まれたもので、ほとんどが路傍に立っています。街道の安全のための馬頭観音も信州には数多くあります。なお関西では子供の安全祈願の地蔵尊が多く、道祖神特に双体道祖神という性的なものはあまり見かけません。3月3日の雛祭りに合わせてWEB上に飾ってみました。(2015.3.3)

34 石川啄木歌碑拓本の再生

 啄木拓本掛軸  大津波修復
2011年3月11日大津波で多くの文化財が被害を受けました。そういった文化財を救出する作業は文化財レスキューとして今日まで多くの文化財が救出され、安定化され、保管されてきました。今回東京国立博物館ではそういった運動を紹介し展示(1月14日~3月15日)しています。大津波で 流された物の中に多くの拓本もあり、奥州市埋蔵文化財センターで泥を洗い落とし、新たに表装されました。中には碑が流されたり破損したりしていて拓本のみがその姿を蘇させることができる貴重な資料となったものもあります。展示されていた拓本は奇跡の一本松としてシンボルとなった陸前高田市高田松原に建つ石川啄木の歌碑ですが、この碑が無事かどうかはわかりません。碑文は「いのちなき砂のかなしさよさらさらと握れば指の間より落つ(金田一京助書)」。なお私も修復の手助けをしようと登録していたのですがマッチングせずお役には立ちませんでした。(2015.2.2)


33 2014伊東市文学碑拓本コンクール


33 2013拓展・京都

拓本展説明1

32 2013拓本展・豊橋

31 拓本と掛軸

村松作品

第11回ひょうほゑ展に出品された村松勝美さんの「井眞成墓誌拓本掛軸」は掛軸をデザインして墓碑の形を現したユニークなもの。拓本と表装が一体となって作品となっています。井眞成墓誌は中国西安で発見され、年号から699年から734年まで生存した日本人の留学生の墓とわかった貴重なものの拓本。(2013.1.1)




















30 第8回 伊東市文学碑拓本コンクール


29 柿断ちぬ

 柿  昨年11月京都みやこメッセ日図デザイン博物館で開催された「絵になる拓本展」で昔からの拓友(拓本を通しての友達)・木田山節子から一冊の本をいただきました。
句集「柿断ちぬ」木田山日出夫著(文学の森刊)
 ご主人の遺稿句集でした。

「柿断ちぬ風鶴院波郷居士の忌まで 日出夫」

2011年2月17日に亡くなる前の麻痺した手で書かれた書を石に彫り、拓し、この展覧会に出品され、そして最初で最後の句集の表紙を飾った拓本です。他に類を見ない拓本であり書籍ではありませんか。感激するとともに謹んでお悔やみを申し上げます。
木田山日出夫さんは美術評論家で、かって節子さんから、若冲や暁斎の価値を早くから見出していたとお聞きしていました。俳人であることは知りませんでした。昭和期俳句の石田波郷に師事し、多くの俳句を詠み、なかでも青松園での句は、私に松本清張の「砂の器」を思い起こさせました。
 柿2


28. 泰山金剛経「福」拓本
福
仏教の経文を石に刻する場合、磨崖・経碑・経幢があり、なかでも磨崖は北斎(AD500)の時代に集中し残っています。中国山東省泰山には「金剛般若波羅蜜経」が巨大な山腹に2千字刻され、現在も千字残っています。骨董として手に入れたこの拓本は拓本の紙や裏打の紙を調べると相当古くに拓されたと思われます。

作品の周りの表紙は「願氏家廟碑」拓本です。唐の願真卿は忠臣で書家でもあり、父のために建てられたこの碑は楷書の名筆、現在西安碑林に残っています。空海、井上雄一や榊莫山等が影響を受けました。
なおこの拓本は別に彫ったものから採られたと思われますが、管理が悪く、部分的に破れていたりしましたので、「福」の衣装として活かしました。(2012.05.09)










27. 歙硯拓本
硯
歙硯(きゅうけん)中国安微省歙県で出土する良質な石でできた硯です。日本では誰でもが知っている端渓硯と並び称されるもので、唐代から名品が出ています。この拓本は昔中国に行った方が33枚入りのセットで買ったもので、値打はわからないそうです。33枚見ると確かに採拓は中国としてはお粗末なものが多く、これなどは良い方です。その中の一枚をもらいました。何故か?日本でも古い硯はモテモテで書家のコレクションにもなっていますが、さすがにコインを彫った硯は敬遠するでしょうから、多分日本にはないと思ったからです。古銭がちりばめられているので、コインの研究にも役立つかもです。
以前ある博物館の依頼で、古硯の拓本を採りましたが、側面や裏には銘文が入っていて、年代などがわかりましたが、この古銭硯はどうだったのでしょうか。
ところで漢字が中国で生まれ、木簡や絹にそして紙に文字が書かれるようになります。文字を書くには筆と墨も必要になります。墨も筆も殷代からあったようでが、硯は唐代から作られています。今日のような硯で墨を擦って墨汁をつくり文字を書くのは随分新しいのですね。
拓本も多分漢代では煤と膠などを混ぜてその場で墨汁を作って採拓したのでしょうね。当時を思って少々ロマンティックになりました(2012.2.1)

26. 絵になる拓本展出品作品
 
夏秋関係者の出品作品 拓彩の部

絵拓展1   絵拓展2  絵拓展3  絵拓展4  絵拓展5
 絵拓展6
 休みの前の日ビスケット 平猫
ビスケットなどお菓子も採拓できることがわかりました。
 絵拓展7
会津八一歌碑拓本・春・小径画・装
加藤由紀子 初めての拓本でおまけに雨、満足に採れなかった分を絵で補った素敵な作品。 
 葉拓「嵐をあつめて」拓本と詩・装 平猫 拓の周りにギリシャ文字で詩を入れて、イメージを増幅。  葉拓「どくだみ」 橋本幸子
紙を工夫すると水に浮かんだ葉のようです。

25. 絵になる拓本展

日時:1125(金)27(日)
場所:京都市岡崎 みやこメッセ 日図デザイン博物館
応募締切:9月26日までに申込書送る。
日図デザイン博物館主催の第11回拓本展。
伝統的な拓本部門と拓するアート部門がありますので、是非応募ください。
詳細、申込書等は、メールいただければお送りします。

24. 法帖
法帖

先日三十三間堂通し矢の日、向かいの京都国立博物館で観た「筆墨精神」(中国書画の世界)展、朝日新聞社創業者であった上野利一コレクション寄贈です。その収集品の価値は京都大学教授内藤湖南に負うところが多いもので、私の父も内藤先生の金石学の薫陶を受けた一人です。

展覧会では書跡76点、絵画87点が出展されていますが、私にとっては拓本、特に今回は法帖に興味がありました。中でも目玉は王羲之の十七帖の宋時代に採られた拓本、これはプリントした袋になってグッズとして販売・買いました。

もう一つは法帖の原型となった淳化三年992年)太宗の勅命で造られた「淳化閣帖」の流れをくむ「汝帖(宋拓)」1109を観ることでした。

というのはこの手のものを最近修復したからです。詳細は言えませんが、比べればほとんど同じもので、劣化していたのを仕立て直しました。いつの時代かわからないですが彫られた石から拓した現物に出会え、またそれを将来に伝達できることは修復の喜びであります。

文字は伝達と記録が目的でありますが、中国の文字は成り立ちからそれらの役目とは別に文字に神聖さや美を加えて今日まで来ているわけで、そこに今から1700年前の王羲之の存在に意味があります。特に法帖は鑑賞や手本のために作られたアートで、内容よりいかに優れた書を残し、伝えるかに特化した芸術品、拓本の頂点であります。写真は修復中の法帖(2011.2.18)

23. 狛坂廃寺磨崖仏

狛坂  「家庭画報」2010年11月号は「白洲正子の世界」・・・私の世界と並列に扱うつもりは毛頭ありません。彼女が行った多くのかくれ里にたまたま私も行っていたにすぎません。

ここで大きく紹介された狛坂廃寺の磨崖仏、今から30年以上前私は数人の仲間と、小学生だった子供二人を連れて登って拓本を採ったのです。日本にもこんなすごいものがあるんだとびっくりし、本尊はあまり大きいので脇侍の菩薩を岩にしがみつきながらやっと拓本できました。

今回雑誌を見る限り、痛みもせずに威容を誇っている姿をみてホッとしています。それにしてもよくこんなところに白洲正子もよくぞ来られたものだと思います。

昔行った京都の北山の奥、広河原の松上げや先日訪れた琵琶湖の白髭神社、かって仕事で行った宇陀の大蔵寺、来週17日に採拓に行く山の辺の檜原神社、かってやはり採拓に行った近江の石塔寺、訪れておられます。どこかですれ違ってたかもわかりませんね。

白洲正子生誕100年だそうです。   
 白洲


22. 白髭神社 鉄幹・晶子最古の歌碑

白髭神社鳥居 
かって湖東を余呉までドライブしたことありましたが、湖西を奥まで行ったのは初めてです。京都から無料の高速で近江今津までドライブしました。
途中寄ったのが「白髭神社」、われわれ京都にとっては最北端の海水浴場でもあります。この神社は2000年前に建てられた猿田彦命を祭る近江で最古の神社、豊臣秀頼と淀君が1603年建てた本殿・拝殿は重文指定です。
わたし、拝殿の看板に、「土足で上がらないでください」と読んで、靴脱いで上がって参拝したら、宮司さんに怒られました。そのあと「断りなく上がらないでください」とも書いてあってのですね。すいませんでした。罰当たらないようにいっぱい拝んでおきました。
何故こんなことになったのか?この拝殿はとっても開放的で、本殿と一体になったとっても珍しい建築らしいので、すーっと入ってしまったらしい。
目の前は広々した琵琶湖です。湖岸近くでは、お母さんがカヌーの練習、お子さんが水の中で遊んでいました。おぼれないか心配。
湖の鳥居の周りでは、水上バイクが四、五台くるくる回っていました。ぶつからないか心配。
湖岸と神社のあいだの国道では行きかう車が相当スピードで走っていて、轢かれないか心配。
ということで、今一度神社のお山の中腹にある磐座を拝みました。

さてここは謡曲「白髭」の舞台でもあります。また与謝野鉄幹・晶子が訪れて歌を詠んでいて、その碑が立っていますが、二人の碑としては最古らしいです。

  しらひげの 神のみまへに わくいづみ
         これをむすべば ひとの清まる

上の句鉄幹、下の句晶子 字は鉄幹。与謝野といえば馨さん、立ちあがれそうにない日本ですね。蛇足ですが末っ子の方の奥様、昔教えたことあります。何かの縁ですね。     (2010.09.08)
 白髭神社
 白髭神社碑

21. 2010拓本展・豊橋

     「2010拓本展・豊橋」が5月開催されます。 5月3日~5日 
       豊橋市民文化会館2F第1展示室  豊橋市向山大池町
            拓本展・豊橋実行委員会

20. 絵になる拓本


シャツ拓本

今年も12月京都みやこめっせ「日図デザイン博物館」で第10回全国公募拓展(絵になる拓本展)が開かれました。伝統的な拓本68点、創作拓本54点出品されました。

創作拓本のほとんどはアート系の学生さんの作品ですが、毎回意欲的です。
左の作品は「シャトル」幸田典子さんの作品です。風に揺れているシャツが巧みに生かされていて、素敵ですね。

私の作品二点は招待作品として展示されました。
「恋重荷」(Top写真)と「キリマンジェロから」
(2009.12.31)







19 日図創作図案総合展 テーマ earth・光

821日~30日 9:00-17:00 東京都美術館  ℡03-3823-6921
東京展に藪田夏秋の「蓮葉拓」が展示される予定です。

18. 2009拓本展・豊橋

17. 日めくり万葉集 (「万葉歌碑」に半生を捧げた在野の学究)

万葉本NHKの教育テレビで「日めくり万葉集」という番組が1月からスタートしました。
檀ふみさんナレーションで、各界の著名人が万葉集の中から好きな一首を選び、詠まれた土地を背景にお話しする番組です。
毎日一首ですから少ない2月でも20人、番組は早朝とお昼5分なのでよく見損ないますので、録画しています。

さてこの番組の本が講談社から出ました。万葉は人気あると見えて、1月号は品切れ、2月号もほとんどないみたいです。
その二月号に、我が拓友:田村泰秀さんが紹介されました。亡くなってからの紹介で残念ではありますが、とってもうれしいことで、天国にいる彼も照れているのではないでしょうか。
おまけに不肖私も少し田村さんのことを述べています。是非ご覧ください。(2009.1.20)
参照 拓の会:万葉碑拓者・田村泰秀氏逝く!)



16. 第9回 全国公募 拓 展 (絵になる拓本展)  

会期:11月22日~24日  会場:日図デザイン博物館 京都市左京区岡崎みやこめっせB1
今年は11/23裏打ちの実演と拓本ショップでお手伝いします。(2008.7.20)


14.15 日本経済新聞6月19日夕刊「拓本採り」

記事

13. 2008拓本展・豊橋

「2008拓本展・豊橋」が4月開催されます。4月29日~5月1日 豊橋市民文化会館2F第1展示室 豊橋市向山大池町
2007拓本展・豊橋実行委員会


12.
蘭亭序


東京国立博物館 特集陳列 蘭亭序  東洋館第8室 2008年3月4日(火)~2008年5月6日(火・休)

台東区立書道博物館  
2008年3月1日(土)~5月6日(火・休)

王羲之の蘭亭序は書家にとっては聖書のようなものだそうです。拓本でしか見ることのできない書の原点を展示。
国博と書博は昨年春に続く拓本の展示です。
「永和9年(353)暮春の初め、王羲之(おうぎし)は会稽山陰(かいけいさんいん)(浙江省(せっこうしょう))の蘭亭(らんてい)に名士を招いて詩会を催しました。せせらぎに浮かべた杯が流れ着く前に詩を賦し、詩ができなければ、罰として酒を飲む、文人ならではの雅宴です。その日、二篇の詩を成した者11人、一篇の詩を成した者15人、詩を成せず罰杯として酒を飲まされた者は16人でした。王羲之はその詩会で成った詩集の序文を揮毫(きごう)しました。これが、王羲之の最高傑作と賞賛される蘭亭序です。
 王羲之の書をこよなく愛した唐の太宗(たいそう)皇帝は臣下の蕭翼(しょうよく)に命じて、僧・弁才(べんさい)のもとから苦心惨憺(くしんさんたん)の末に蘭亭序を入手し、能書の臣下に臨書を命じました。欧陽詢(おうようじゅん)の臨書が迫真の出来ばえだったので、欧陽詢の臨本を石に刻し、その拓本を皇子、王孫、功臣に特賜しました。しかし、太宗は崩御に際して蘭亭序を殉葬させたため、蘭亭序の原本は伝存しません。
 南宋時代、蘭亭序の収集は過熱し、士大夫(したいふ)は家ごとに蘭亭序を石に刻したと言われます。拓本を元に新たな拓本が作られ、実にさまざまな蘭亭序の諸本が現れるようになりました。王羲之傑作の残影が後世に与えた影響はまことに計り知れず、蘭亭信仰とでも言うべき状況の中で、歴代の文人は善本を求め、自らの理想とする蘭亭序像を思い描いてきたのです。 この特集陳列では、宋時代の各種拓本や、その影響を受けた清時代の作例を展示いたします。」国博文より
(2008.3.16)

11.版と拓の美

本2008年1月6日~3月23日

日本民藝館










10. 2008拓本展・豊橋

「2008拓本展・豊橋」一般公募。募集要項お送りします。4月29日~5月1日 豊橋市民文化会館2F第1展示室 豊橋市向山大池町
拓本展実行委員会

9.中村昭雄拓本遺作展                           記事

日時:平成19年11月23日~29日 場所:山梨県立美術館 県民ギャラリーC室
主催:山梨拓本研究会

日本拓本研究会の関東支部の会員であった中村さんには、平成16年に東京目黒で開催された日本拓本展でお会いして、親しくお話させていただいてから、3年、またお会いすることを楽しみにしていましたが、残念ながら今年3月他界されました。
その時の訃報を頂戴した奥様から、遺作展のお話を聞き、開催される節はお知らせくださいと申し上げていましたが、今回山梨県立美術館という願ってもないところで開催されるとのこと、多くの拓本に興味のある方の来館を・・・と思います。
そして中村昭雄さんのご冥福をお祈りします。(2007.11.13)





8.絵になる拓本展

日図デザイン博物館は2000年より伝統的な拓本を再評価すると共に、創造的な「絵になる拓本」へのアートプロデュースをおこない、その一環として全国公募展を開催。綜芸舎はこの事業に賛同し、拓本に対するアドバイスや道具の販売をしています。
会期:2007年10月26日~28日会場:日図デザイン博物館  京都市左京区岡崎 ℡075-761-5381作品公募 9月21日まで


7.拓本の世界
展
東京国立博物館・三井記念美術館・書道博物館3館所蔵善本碑帖展
我が国屈指の拓本コレクションを3年ぶりに公開。
東京国立博物館 4月17日~7月1日 「槐安居中国碑帖」 http://www.tnm.jp
三井記念美術館 4月21日~7月1日「漢字の姿」 http://www.mitsui-museum.jp/
書道博物館 4月28日~7月1日 「中村不折コレクション」 http://www.Taiyocity.net/Taiyo/shodou/

とってもわかりやすいので、プレス資料より転載しました。
◆拓本の世界 ― 3館所蔵善本碑帖(ぜんぽんひじょう)
   ~国内屈指の拓本コレクションを、3年ぶりに公開~
          東京国立博物館/三井記念美術館/台東区立書道博物館

 拓本とは、石や木、金属などに刻された文字や文様の凹凸部分に紙を押しあ て、上から墨をつけて写しとったものです。コインの上に紙を乗せ、その上  から鉛筆でこすって数字や文様を浮かび上がらせる遊びを経験したことはあり  ませんか。拓本の原理も基本はこれと同じです。書の世界では、石碑を拓に  とったもの、あるいは名筆を石や木に刻して拓にとったものを特に「碑帖」、  「碑法帖」などといい、書の鑑賞やお手本として古来より貴ばれてきました。
 一般に、拓本は写しとった時代が古いものほど価値が高まり、それらは「旧拓」として大変珍重されます。東京国立博物館所蔵の高島菊次郎(室号:槐安居蒐集になる槐安居コレクション、三井記念美術館が所蔵する三井高: 聴氷閣)蒐集の三井聴氷閣コレクション、台東区立書道博物館所蔵の中村不折 (室号:孔固亭)コレクションを合わせると、国内における中国善本碑帖の優品の大半がそろうことになります。今回、3年ぶりに、これら3館所蔵の拓本名品を各館において一挙に公開することになりました。都内3館を巡ることで、個々の館における収蔵品の異なった魅力に触れることができると同時に、全体としては類を見ない大拓本展としてご鑑賞いただけることを企図しました。
 書の手本として拓本の印刷物を見ることの多い昨今ですが、拓調の微妙な味わいや、立体感あふれる線質の切れ味を観察するには、やはり拓本の実物を見るに限ります。意匠を凝らした旧拓や、原石が亡びて拓本のみが伝えられる孤本など、貴重な宗拓本を中心とした世界的名品の数々を是非この機会にご覧ください。

 ◇『槐安居中国碑帖コレクション』   会場:東京国立博物館 東洋館第8
     (東京都台東区上野公園13-9 TEL.03-5777-8600 http://www.tnm.jp/
      開催期間:2007417()71()
        開館時間:9:3017:00(入館は閉館の30分前まで)※土日祝日は18:00まで、6/15までの毎週金曜     は20:00   休館日:月曜日(6/26[]は臨時休館)
 ◇『中国五千年 漢字の姿[フォルム] 三井聴氷閣拓本名帖の全貌』
      会場:三井記念美術館(東京都中央区日本橋室町2-1-1 三井本館7階 TEL.03-5777-860                    www.mitsui-museum.jp/
   開催期間:
2007421()71()    開館時間:10:0017:00(入館は16:30まで) 休館日:月曜日
 ◇『中村不折碑帖コレクション』
      会場:台東区立書道博物館(東京都台東区根岸2-10-4 TEL.03-3872-2645                             http://www.Taiyocity.net/Taiyo/shodou/
      開催期間:2007428()71()    開館時間:9:3016:30(入館は16:00まで)   休館日:月曜
  東京国立博物館、三井記念美術館、台東区立書道博物館で開催されている 拓本の名品を紹介する本展覧会。拓本とは、中国で生まれた技法で、石碑や青銅器などに刻された文字(金石文)を、紙に写し取ったものです。拓本は、昔の文字や歴史を知る上で、また美術品としてもかけがえのない資料となっています。実は、日本には中国にも現存しない、唐宗時代の優れた拓本が、3館合わせて200点以上もコレクションされています。これは、明治後期から昭和前期にかけて、拓本の蒐集に情熱を傾けた著名なコレクター、高島菊次郎、三井高堅、中村不折らのコレクションが3館に収蔵されているためです。本展では、これらのコレクションを通して、拓本の名品に出会えるとともに、文字の歴史や形の変遷など、優れた漢字文化とその美、そしてそれらを伝えようとしてきた人々の足跡を目にすることができます。 
『槐安居中国碑帖コレクション』
(東京国立博物館)
   日本の製紙業界に功績を残した高島菊次郎氏が、東京国立博物館・東洋館に寄贈した300余点のコレクションから、碑帖(*)35点が展示されています。中国書法史上の名品をはじめ、細かな装飾が施された拓本の表装や、納められた箱、また肉筆の書など多彩な展示が楽しめます。原石()が早い時代に失われ、現在この宋拓(宋時代の拓本)一本のみが伝えられる「婁寿碑(ろうじゅひ)」、清時代の著名な収蔵家・李氏の十宝の一つとされる「晋唐小楷冊 (しんとうしょうかいさつ)」などを見ることができます。  ★本展担当者:東京国立博物館 列品室長 富田さんからのメッセージ『宋拓の持つ上品な墨の色、味わいをぜひご堪能ください。また、拓本の魅である、文字の精髄、本質が凝縮された“書の美しさ”をご覧ください。』 *碑帖・・・石碑を拓にとったもの、あるいは名筆を石や木に刻して拓にとったものの総称
  ◇『中国五千年 漢字の姿[フォルム] 三井聴氷閣拓本名帖の全貌』(三井記念美術館)
 三井財閥の要職を歴任した三井高堅氏のコレクション530点の中から、約80点を精選して展示。紀元前54世紀の中国最古の石刻文字から、唐時代の珠玉の名筆が並びます。拓本のなかでも最古のものとされる「石鼓文(せっこぶん) -中権本-」、清時代の著名な収蔵家・李氏の四宝の一つであり、本作のみが現存する「孔子廟堂碑(こうしびょうどうひ)」など貴重なコレクションを見ることができます。パネルでは、拓本のつくりかたや、漢字の主な書体、篆・隷・草・行・楷書の成り立ちなどの解説も紹介されています。 
  ★本展担当者:三井記念美術館 学芸員 樋口さんからのメッセージ『当館では、聴氷閣本の全貌を文字が書かれた時代順に展示しています。 変化に富む美麗な隷書、伸びやかで格調高い楷書など、時代ごとに移り変わる字姿とその美を、名品からお楽しみください。』
  ◇『中村不折碑帖コレクション』(台東区立書道博物館) 
 台東区立書道博物館の創設者で、画家であり書家であった中村不折氏が40年余りにわたって独力で蒐集したコレクション(総数10,000件以上、うち碑帖類約2,000)から88点を公開。最多字本であり世界で唯一の4面全拓本である「泰山刻石(たいざんこくせき) -百六十五字本-」、書聖・王義之の代表作で草書の最高峰とされる「十七帖 -王穉登本-」などの希少な名品を中心に、珍しい石刻資料の拓本や石碑・石像、墨、文房具など、コレクションを幅広く紹介しています。碑本来の姿を写し取った高さ6mの全拓「広開土王碑」も見どころの一つです。
  ★本展担当者:台東区立書道博物館 研究員 鍋島さんからのメッセージ
 『当館のコレクションは、中村不折が一生をかけてひとつひとつ集めたもので、不折の思いが込められた作品ばかりです。本展では、他の2館に匹敵する拓本の素晴らしいコレクションを展示していますので、ぜひご覧ください。多くの方のご来館をお待ちしております!』
「拓本」と聞くと、一般にはなじみの薄い分野のようにも思われますが、人の手で刻まれたひとつひとつの文字を見ていくと、すっきりとした線や、 ダイナミックな筆致、流麗な字姿など、「文字」本来の持つ力に惹き込まれていきます。また、多彩な展示資料からは、そうした文字を尊び、愛で、残そうとしてきた人々の長い歴史や想いに触れることができます。風薫る爽やかなこの季節、3館をめぐり、人々が育んだ文字の歴史と拓本の魅力にゆっくりと浸ってみてはいかがでしょうか?
(2007.5.20)

6. 2007拓本展・豊橋


「2007拓本展・豊橋」が5月開催されます。5月1日~3日豊橋市民文化会館2F第1展示室 豊橋市向山大池町
2007拓本展・豊橋実行委員会


5.絵になる拓本のすすめ

パンフ日図デザイン博物館・日本図案家協会から「絵になる拓本のすすめ」というリーフレットが出ました。「記録からアートへ」伝統的技法による拓本と「拓」する技法によるアートへのご案内
Ⅰ概説(赤表紙無料) Ⅱ実技基礎 Ⅲ石碑採拓 Ⅳ裏打ち後は有料一部各100円
この中でⅣの裏打ちの解説と指導を担当しました。
なお 全国公募 拓展 募集要項 ともども必要な方はお送りいたします。




5.石窟の仏

本大谷大学博物館展 「仏教の歴史とアジアの文化Ⅴ
ーアジャンタ、敦煌、雲崗・・・刻まれた仏の世界ー2006年5月23日~8月6日 午前10時~午後5時(日・月休館)大谷大学博物館
603-8143京都市北区小山上総町 ℡075-411-8483


本展は大谷大学が所有している多くの拓本から、雲崗、龍門、天竜山の拓本を展示しています。
またインドのアジャンタや敦煌の莫高窟の壁画模写も展示されています。
7月1日拓本教室






4.万葉千八百碑

本大著「万葉の碑」(創元社)を出された田村泰秀さんの万葉歌碑データ集です。全てを網羅するとともに、WEBサイトで絶えず、追加されていますので、万葉研究家や拓本家にとってはとっても役にたちます。








3.芭蕉句碑 全国拓本コンテスト

コンクール
昨年芭蕉生誕360年記念として大垣市に建立された「ミニ奥の細道」を記念して、市内の芭蕉、美濃派の俳人の句碑の拓本のコンテスト。応募は平成17年12月10日までに。詳細はお問合せください。なお日拓会にもパンフレットあります。

  




2.茅野市の文学碑

本
長野県茅野市八ヶ嶽岳麓文芸館を中心にまとめられたもので、茅野市ゆかりの島木赤彦や伊藤左千夫、高浜虚子などの近代文学者や芭蕉など140近い文学碑を紹介。全て写真とともに詳しい解説があります。(05.8.1)








1.長湯温泉歌碑等案内

本

文学と癒しの温泉の大分県直入町長湯温泉の文学碑の紹介です。ここには野口有情や与謝野鉄幹・晶子夫妻、種田山頭火など多くの人が訪れています。それを記念した歌碑が37基あります。本書はカラーで簡単に紹介。(05.8.1)